2014年6月29日日曜日

修学旅行

修学旅行1971

 

【私の修学旅行時の写真
1971年5月7日 清水寺にて】
中央最前列に凛々しい私の姿(笑)


今日、中3の長男が修学旅行から帰ってきた。
京都、奈良方面2泊3日の旅程は43年前の私の修学旅行とほぼ同じである。
しかし私達は、「修学旅行列車=(夜行)急行電車」 https://www.youtube.com/watch?v=5WJrraYEzgM
http://www.fossil-net.com/JNK/syuugaku01.htm 利用であり、往路か復路のどちらかが夜行だったのを覚えている。(ネット記事によると行きは昼行で、帰りは夜行)

対面式の4人掛けボックスシートであり、背もたれも固定式でありお世辞にも寝やすい構造ではない。
変な所が神経質な私は当然眠れず、夜中になって話し相手もほとんどいなくなり、もう一人起きてモゾモゾしていた友人(誰だか忘れた)と二人で別の車両へ探検に行った。
連結部をいくつも越えて大勢の同窓生の寝顔を眺めながら、どんどん進んでゆく。 悪ガキも優等生も寝顔は大差ない、間違いなく同じ人類である。

しかし一人だけ他の皆とは明らかに違う寝顔が有った。 それは、何を隠そう独楽助の初恋の子「頑固ちゃん」である。
いやー、やっぱり頑固ちゃんは寝顔もすっごく可愛いのだなあと納得。 他の子の寝顔より、まあ5秒くらいは長く見ていただろうか。
しかし皆さんにここで言っておきたいのは、今現在の私ではなく14歳の頃のガキンチョの頃の私の話である。
決して変質者ではないのであるから、お間違えなく。(笑)

その後も2人で探検を続けていくうちに、何個目かの連結部を超えたところで生徒会副会長のうるさい女子にぶつかり「何をしているんですか。先生に連絡しますよ!」
とキビシイ非難を受け、平身低頭2人して頭を下げて退散。 再び眠れずに長い辛い時間を過ごし品川に着くころは眠気真っ只中。(笑)
しかし今思うと、あのうるさい女子はいったい何をしていたんだろうと不思議である。

現在は往復共に新幹線利用であり、時代の移り変わりを強く感じる。
しかし時代が変わろうが、交通機関が格段の進歩を遂げて高速で突っ走ろうが、青春の甘酸っぱさやほろ苦さは決して変わらないものであると思う。
我が息子もきっと、甘酸っぱい想い出を胸にしまって帰ってきたのだろう。 少しだけ男らしくなって帰ってきたような気がする。

それからもう一つ時代の違いを感じたこと。 息子が帰宅後、妻と娘に「あいつお土産買ってきたのか?」と聞くと「何も持ってなかったよ。」とのこと。
本人に買ってこなかったのかと聞くと「買ったけど、荷物になるんで宅急便で送ったから後から来るよ。」
なるほどである。(^_^)/


息子よ、こんなことは気恥ずかしいから絶対に言葉では言えないけれど、きっと遠い将来お前がオッサンになっても、きっと心を温めてくれる思い出だから大切にしろよ!

2014年6月24日火曜日

クラス会

毎年恒例の「中学のクラス会」を開催した。
クラス会
【春日部中学校元3年4組 要会の面々】

中学を卒業したのが多分昭和47年。
その後大学生の時に一度クラス会を行っただけで、長らく級友とは会うことも無かった。
そしていつしか時は移ろい、平成11年4月4日に同窓生の市長選出馬に合わせて「第1回学年同窓会」が開催され、
その時に、他クラスではけっこう頻繁に「クラス会」を開催しているという話を聞き、
では我がクラスでもということになってよく集まって飲むようになり、しばらくは毎月のように飲み会をやっていた記憶があるが、
ここ数年は、体力の衰えと懐具合から(-_-;)、6月の「クラス会」と12月の「クラス会忘年会」の年2回の開催に落ち着いている。
出席者数は仕事で不参加の方もあり、40人中16人である。 2時間程掛けて他県から参加してくれる方も有り出席率としては大変良い方だと思う。

同窓生の中でも既に数人が他界しており、我がクラスでも昨年は大切な友達を一人失った。
クラスメートの皆も「何気ない日々の大切さ、過ぎゆく時の重み」というようなものも強く意識するようになり、
お互いに元気でまた会えるということだけでも、大切に感じてくれているのだろうと思う。

素晴らしき我がクラスメート達である。 ※ 複数のクラスメートもこのブログにアクセスしてくるので、ちょっとだけヨイショしてみた。 (笑)


今回は、日曜日昼12時開宴~2次会終了午後8時位の内容であり、
恥ずかしがり屋の私 独楽助は、ただ飲んで、ただ20曲ばかり歌ってしまうだけなのであった。
誰が何と言おうと、照れ屋で恥ずかしがり屋なのである。

そんな恥ずかしがり屋の私に向って、N君いわく「そんなに歌を練習する時間が有るんなら、もっとブログをちゃんと書けよ。(笑)」
体型に似合わずN君、卓球仕込みの鋭い踏み込みと同じように、中々鋭い指摘である。
最近少々中身が簡単になってきたなとは自分でも重々感じていたのである。

しかし人それぞれ、N君のように充実してまあまあの長さがあるのを望む人がいるのと同時に、
「これ長いよ~。」と長文を敬遠する人が間違いなくいるのである。
私も以前書いたように、書くのはある程度書けると思うが、他人の書いた長文を読むのは大変苦手である。


いつもまとまらないが、今日は一際話がまとまらないと思う。
脳味噌がアルコールで緩んでいるためだろうか、申し訳ない。 m(__)m
N君、今日はこれで勘弁してくれ。(笑)


※ 今回はサプライズプレゼントとして、上記の「15年前の 第1回学年同窓会」のビデオをDVDに焼いて出席者全員に差し上げた。
1枚づつ家庭用のレコーダーでダビングしたので凄まじく時間が掛ったが、きっと15年のタイムスリップ(トリップ)を皆が喜んでくれると信じ頑張って作成した。
「15年間」の持つ破壊力育み成長させる力の長大さに衝撃を覚えて、楽しんでほしいところである。(@_@;)

2014年6月16日月曜日

季節の風物詩

K0090118  K0090114

「アジサイ」 色違い
どうすると色が変わるのか、

同じ種類のアジサイでも土地のペーハー(pH)等により変化するとか、
開花後時間がたつと赤っぽくなるとか聞いたと思いますが、
詳しい事は忘れちゃいました。(笑)

気になる方はご自分で検索を。 m(__)m

しかしここ数年、それよりすごく気になっているのは、
カタツムリをほとんど見なくなったこと。
原因を知っている方は教えて下さいネ。

カタツムリに限らず、ホタルも、カブトムシも、トンボも、ザリガニさえも、見なくなっちゃいましたけどね。
私は、いなくならない様にもう少しだけ頑張ります。

2014年6月12日木曜日

謝罪の仕方

昨年「コラボさいたま2013」で当社の新しい試みを記事+広告記事掲載すると約束した「日刊K新聞社」が先方の提示条件の[新聞購読]を当方に履行させるのみで、
取材の予定の連絡も何もなく半年が過ぎたので購読中止の申し入れをしたら、
担当者O氏から「展示会ではお願い[購読]をして申し訳ありませんでした。 記事や広告掲載のご希望が有れば、所定の申込みフォームがあるのでお送りします・・・。」
今更もういいと断ると 「・・・お世話になりました・・・。」とのこと。

言うべきなのは別の事だと思った。

それは、なぜ今まで1度の連絡も無かったのかについての説明。
忘れていた為なのか、はたまた約束通り条件の履行が完了したらちゃんと相手にするという会社の方針なのか、催促しないと約束は果たさなくて良いことになっているのか。
謝るならちゃんと事実を伝えて謝るべきであるし、問題が無いのであれば何ら謝罪めいた言葉を口にすべきではないと思う。

正直、久々に大いに不愉快である。
私が所属している組織とも関係の大きなK新聞社なので喧嘩はしたくないが、しばらくこの新聞は読みたくない。

間違えの多い愚者の自分としては、他山の石とせねばなるまい。

「うどんカマド」 納品完了!

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【 (有)吾嬬製作所 製 「うどんカマド」 】


先日(5月28日)電話で御注文頂いた、親父の代から40年以上の永きに渡りお世話になっている「四国大名」(金町駅前のうどん店)様
  http://www.e-kanamachi.jp/shikokudaimyo/diary.cgi
に『うどんカマド』本体外形寸法W700×D850×H800 価格528,000円(消費税別途)の入れ替え(業界用語ではリプレース)に伺い、お陰様で問題なく納品完了致しました。
この「四国大名」さんはネットの書き込みでも「安くて美味い」というお褒めのコメントが多く、同店の良心的な経営方針を多くのお客様から高くご評価頂いているのであると、大変嬉しく感じました。
同じ会社の経営で、金町に「金町うどん」「立喰いそば そばっ子」「金町餃子」のお店があります。
お近くにお立ち寄りの節は是非ご利用頂きたいと思います。
「うどんかまど」も もちろん  (有)吾嬬製作所 !